mizuito-tsumugi

〜 日 々 を 織 る 〜

土日は危険、逃げ場なし

土曜日早朝からフルスロットル

平日はアレでも気を使って抑えているのか

私が休みになると、時間があるとばかりにモロモロ全開モードにシフトチェンジ

 

金曜日の夜から既に始まっていて

日中に寝ていて眠れない、元気な母に部屋に押しかけられ延々とアチコチに飛んで脈絡もない話や、混乱なのか起きてもいない出来事や会ってもいない人と会ったという話、外国人や人がいっぱいいて居場所がないという訴え(何のこともない、自分で付けたテレビのニュースのG20の様子)

一度部屋へ戻っても、自分が移動させたのを忘れて誰かが入ってきて取って行ったと騒ぎ出したり(誰も取らないよ、というしょーもないモノ)

突然「アンタは私を陥れてばかり!」と怒鳴り込んできたり

深夜過ぎまで続いて、精神的に参って眠れず薬を足して

やっと寝付いたと思ったら早朝から起こされ

 

最初は過剰なまでの世話焼き

要るものは何かないか、買ってくるものはないか、といった

そもそもまだスーパーもどこも開いていないんだけど、という呟きは届かない

 

起こされて、割れるようにズキズキ頭が痛くて

話しかけられることも明かりも苦痛で

片頭痛の薬を飲んで、お願いだから寝かせてと

 

当然、聞いてもらえるわけもなく

 

朝一発目は

某カフェチェーンで買ったエコバッグが見つからないということだった

母しか使わないし、私が買った物もいつのまにか自分のだと持って行かれたので諦めたけど

ここ最近は母が買い物に出ることが少なく、エコバッグを持って出ている様子もなかったから、いつから無いのか私も把握していない

たぶん、自分の「大事なもの」をエコバッグやトートバッグに入れてしまい込む癖があるから、そんな理由じゃないかと思うんだけど…

キンキンとした声で私や誰かを詰りながら家捜ししているので(といっても決まったところしか見ない、いつも)

もうベッドから、部屋から出て行きたくなくて

私が混ざれば火に油でお互いもっと感情的に不幸になるのが目に見えているし、受け止める余裕なんかなかったので

必死で聞かないようにしながら必死にスルーする努力(よく通る声で、詰る声は本当に立て板に水、元気…)

 

しばらくして諦めたのか、悪態つきながら出て行った

 

その数十分後、何もなかったかのように携帯に電話が

アップルパイ売ってるから、買って行こうか?と

でもエコバッグの事を忘れたわけでもなく、外で何やら不穏な言葉たちを勢いよく吐き出そうとしていたので、なんとか止めて

この時はすぐに黙って、違う話題にコロッと

 

 

その後も何度も今日は外へ出ては、玄関の鍵がうまく開けられなくて、帰ってくるたびインターフォン鳴らしまくったり

 

薬で寝ていて気付かず、出るのが遅いと怒られて

 

その後、買ってきた物が見つからないと騒ぎ出し

一旦、台所に仕舞ったんだった〜と落ち着いたかと思いきや

その後も何度もないないと色んな人を詰りながら家中ガタガタして

 

その間、何度も私の部屋のドアを開けては「間違えた」と

何と間違えているのかが謎

夜中だとトイレと間違って開けて「違った」というのはここ数日多いけど、あまりにも頻度が多すぎる

(今も、また)

そして間違えた後は必ずブツブツ言っている

繰り返し間違える自分を認めたくないのか、自分は正常で周りがおかしいんだ、という内容のことを言っている時もある

 

生理と片頭痛のコンボと疲れで、今日は予定が何一つ消化できなかったくらいなのに

 

休みの日じゃないとあなた家にいないじゃない、言いたい事を言って何が悪い!

と開き直られ押しかけられたら、家に中には逃げ場がないよ

 

下手に部屋に内鍵付けたり締め出したら、ガタガタ壊す勢いで「そんなに入ってほしくないなら一生出てこなくていい!」と今度は部屋の前に物を置いて閉じ込めようとされて逆効果だったし

 

 

もう、母の中の理屈はなんとなく理解したけど

他人を攻撃する事で成り立っているし

幻視が骨子となっているだけに

本人にだけ真実、でも事実じゃない

でも当然それを理解できない

永遠の平行線なのに、どうにかしろという

幻視で認識している事象は、私が勝手にしている事だと思っているから顔を見るなり怒ったり、私に対して「何様のつもりだ!」となる

 

病気と分かっていても

自分の中に燻る若かりし頃の自分が

そっちこそ私を洗脳のように束縛し続けて雁字搦めに個人の意思を全て踏みにじってきておいて何様のつもりだ!

と、今だに血の叫びを上げる

 

承認欲求、という言葉も今は一般的になったけど

心理学の講座を受けていた時も、承認欲求は私にもあったけど親に認められた事がないまま成人近くまで生きてきて、積極的に他人に求めるほどでもなく、むしろ親にも認められない自分は、誰にも認められないようなゴミ屑同然だと思っていた

承認欲求を持つ事自体が分をわきまえないことに思えた

何をやってもトップクラスには何一つなれない自分は特技もなく、容姿も良くない、人に誇れることもなく

そんな価値のない人間を誰が求めてくれる?

 

正直、今もその思いは根強く残っている

自己肯定の低さを指摘されたことがあるが、謙遜でもなんでもない本心

 

自分という人間をプレゼンするとしたら?

…何も売りが思いつかない

欠点ならいくらでも挙げられる

 

そりゃ、誰もいらないよね、そんな人間

 

中途半端に偽善者だし

 

ここで容赦なく引きずってでも病院に連れて行って受診させて

場合によっては嫌がっても施設に入れてでも

自分の生活を守れるくらいに

親を捨てる決意ができればいいのに

 

 

小学生の頃から、何で自分は生きているんだろうと思い続けてきた

確かに未熟な子供の時は親の導きが必要だけど

頭ごなしに考えも希望も砕かれ続けて、言うことを聞いていればいいんだと

それでも諦めずに訴え続ければ反抗的だと詰られ、結果的に「全くいう事を聞かない子だった」事にされ

色々諦めて飲み込んできたのは何だったのか

途中で諦めが当たり前の無意識になって

母の言う「こうでなければ人間は幸せにはなれない」定義が納得できなくて、反論してはまた大人になっても未熟で反抗的なダメ人間の烙印を押されて

その意識はお互いの中に今も

 

だから母は私を「あなたは賢い子なんだから」と一見持ち上げるように見せて、その後に「だから、あんな馬鹿なことはやめなさい、あんな人たちと付き合うのも」といった否定が続く嫌らしい手法を取る

コレが一番私が嫌がるのを分かっているかのように、自分は相手を何も知らないじゃないと言った反論は受け付けず(反論=反抗なので)

今はコレが更にグレードアップして、幻視とコンボなので、もう…こっちの精神的ダメージは計り知れず

母は私が間違っているのを正そうとしているのだ、と大義名分を頑なに信じているので(まぁ病気以前からか、これは)、こっちの言い分など当然聞く耳持たず

 

私の言葉は、子供の頃から母にとって何の力も意味も持たず無力

自分にとって不都合で傷付くような言葉だけがピックアップされて覚えられているくらい

前後のことも、自身が放った言葉の刃には無頓着で覚えてもいない

何故、私がそんな言葉を吐く状況になったのか?は母にとって瑣末で覚えている価値もなく

私が言った、その事実のみが重要

だから常に被害者意識しかない

加害は無意識、息をするように、意図なく、当然の如く

 

 

結婚して主婦になったことも内心不満だったんだろう

PTAも嫌がっていた割には熱心だったし

その後も私が社会人になる頃までいろんな非営利団体やボランティアなどで外にいる方が多く(たまの内職以外、収入なし)

とても「主婦」の定義には収まらなかったと思う

全く親子の会話がなかったとは言わないけど、どちらかというと上司と部下に近かったと今になってみれば思う

1を聞いて10を知れ、というのも母の私への指示だったし(いちいち聞くな、だけど自分で決めるな、そんな能力ないんだから)

 

最近も、やりたいことは皆させたのに恩知らず!と言い出しているが

ピアノも習字も体操も水泳も、嫌と言わなかったら気付けば習う事になっていたのであって、ねだったわけではない

むしろ、華道や茶道に興味を示して習いたいと言った時は、自分が習っていた頃の思い出話をした挙句、大人になってからでもいいでしょう、と煙に巻いて聞かなかった事にされた

運動するなら空手か合気道がいい、と言った時も、あんたがやったってお金の無駄、と

自分が興味ないことは端から聞かない、相手にしない

 

子供の時から家庭がこうだったので、社会に出て厳しいと思ったことは一度もない

むしろ社会の方が楽

話聞いてくれるし、他の人巻き込めるし、実績作れば済むし

変な人もいるけど、小中学校の荒んだ人間関係や家庭で免疫あるので、他の人より対処できている(らしい)

高校が楽園だったから、流石に平然とはいかずキツさを感じない訳ではないけれど、比較的には平穏に

 

 

母としては

 

短大じゃなく大学に行きたかった

働き続けていたかった

結婚や出産は自分の意思で決めたかった

だけど時代が、親が許さなかった

 

それが奥底に澱のように今もなお残り続け

それが、色々な活動につながり

私への「こうあるべき、なるべき」要求になり

 

タチが悪いのは、本心から私自身のためと思っていること

己の未達条件達成の投影とは、微塵も思っていない

 

ある意味、抑圧された母の少女時代の思いは

誰よりも強い承認欲求になっているのかも

自分の存在意義の承認欲求を満たすのに、子供は私しかいないから、手放さない

 

存在を否定してもいないし、私には別の人生がある事を理解して折り合って欲しいだけなんだけど

 

それができないから今が続いている

 

終わりは見えない